『エソルド座の怪人』−未知の作家が溢れている!

『エソルド座の怪人』は、「異色作家短編集」の最新版の最後第20巻で、旧版にはなかった世界各国の作家のアンソロジー

エソルド座の怪人 アンソロジー/世界篇 (異色作家短篇集)

エソルド座の怪人 アンソロジー/世界篇 (異色作家短篇集)

完読後は、ただ呆然とし、腑抜け状態となった。
まず全11作品の並びが抜群だ。エジプトのノーベル賞作家の軽いジャブからはじまり、冷戦時代のチェコの重い作品でズシリと来た後に、カナダ、ウルグアイ、フランス、ポーランド、イタリア、台湾!、ベルギー等と続き、締めくくりにキューバの(問題の)表題作で終わる。この順番にした編集者の「若島正」氏の慧眼は凄い。
他の巻と違い、個々の作品&作家別に感想を述べる。

  • 「容疑者不明」ナギーブ・マフフーズ
    • アラビア語作家初のノーベル賞作家のこの作品の核心は、「エジプト」という国の保守性か?正体がまるでつかめない連続殺人事件を扱ったもの。
  • 「奇妙な考古学」ヨゼフ・シュクヴォレツキー
    • チェコ現代文学を代表する作家。若い女性の失踪事件が、1347年の考古学と結びつくミステリ。ただ、主人公のボルーフカ警部補の内面も、登場人物の描写も重い。重すぎる。共産党独裁政治時代のチェコ国内の様子が全体に漂う。
  • 「トリニティ・カレッジに逃げた猫」ロバートソン・ディヴィス
  • 「オレンジ・ブランデーをつくる男たち」オラシオ・キローガ
    • ウルグアイ出身の作家だが、その生い立ちが凄惨過ぎる。父親の事故死に始まり、養父・妻・本人・長女・長男・友人達らがすべて自殺している。作品は、「ポー」の一作といわれても分からないだろう。"アルコール"で狂気に至る人々。
  • 「トロイの馬」レイモン・クノー
    • やっと知った作家だ。クノーらしい、ユーモア溢れる不思議な話。軽く楽しめる。(理解不能な箇所あるも、それはクノーだから仕方がない)。
  • 「死んだバイオリン弾き」アイザック・バシェヴィス・シンガー
  • 「ジョバンニとその妻」トンマーゾ・ランドルフィ
    • イタリアの作家で、わずか数ページの"音痴"を扱った表現に困る作品。他の作品の邦訳もあるらしいので、入手してみようと思う。
  • 「セクシードール(有曲線的娃娃)」リー・アン(李昴/Li Ang)
    • 何と台湾の作家。アメリカ留学後、帰国して台湾で作家、コラムニスト、TV評論家として活躍。2004年にフランス政府より"青い騎士勲章"を受賞。全然知らんかった。この作品も、表題作と並ぶ問題作で、女性にしか絶対書けないもの。"女性の性"が主題としかいいようがない内容。
  • 「金歯」ジャン・レイ
    • ベルギーの怪奇・探偵小説作家。「セクシードール」の鬱屈とした後の一服の清涼剤的作風。気軽に楽しめる。
  • 「誕生祝い」エリック・マコーマック
    • スコットランド出身で、カナダで教鞭をとっている作家。作品の前書きに《警告。本アンソロジーで最もグロテスクで、(略)どうしてこんな作品を選んだんだ、と編者の趣味を疑われる…》とあるが、全然そんなことはない。(自分がオカシイのかな?)普通の男女の性交の幻想譚。
  • 「エソルド座の怪人」G・カブレラ=インファンテ

エソルド座は、ロンドンのキングス・ロードにかつて実在した映画館である。それが1973年に閉館になり、改装されて劇場となってからは、ミュージカル『ロッキー・ホラー・ショー』がそこでロングランになった。その幻の映画館で、『オペラ座の怪人』から『ファントム・オブ・パラダイス』までを混ぜ合わせた映画が上演されるこの「エソルド座の怪人」は、いかにも映画狂らしいカブレラ=インファンテの怪作である。

一応(有名だけど)デ・パルマの『ファントム・オブ・パラダイス』を。


P.S.カブレラ=インファンテが、映画マニアだったことから「オペラ座の怪人」の映画を好んで、この「エソルド座の怪人」を書いたと思われるが、映画には複数のヴァージョンがある。ロン・チェイニーへの言及があるが1925年のものは古すぎないか?(彼は1929年生まれで2005年に逝去)
ひょっとすると、全てのヴァージョンを観ていた可能性もある。参照:オペラ座の怪人 - Wikipedia